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 外では冬の終わりを告げるかのように菜の花が咲き乱れていた。 「今年もやっと少し暖かくなってきてくれたわね・・・・・・」  職場の同僚達が口々に安堵のため息を漏らした。  寒冷地に住む人々からすれば東京都心から電車で一時間程度の郊外で春の訪れに安堵することは大げさだと言われるだろう。しかしここは暖房もない物流倉庫だ。体育館くらいのスペースの中に商品を梱包した出荷待ちのダンボールが見上げるほど高く積まれ、従業員を取り囲むように四方に置かれている。そのおかげで倉庫の窓は殆ど覆い隠されて日の光を取り込むといった本来の役目を放棄させられている。天井の高さもマンションの三階ほどもある上、社長が節電と称して蛍光灯の本数を減らした為に、残された数少ない蛍光灯の光が申し訳程度に私達の頭上にふりそそぐ程度だった。  郊外にある小さな配送会社の倉庫――ここは私の職場であると同時に監獄であった。職場環境が悪いからだけではない。私が私本来の人生を生きることができず、己の望む場所に身を置いていないからだ。  極寒の倉庫勤務の時期に終わりが見えたことには確かに安堵したが、春の訪れによる外界のうららかな風景と己の暗くじめじめとした職場との対比が私をより一層憂鬱にさせた。朝の出社時に菜の花が咲き乱れた小川の土手を歩いた後に倉庫に入る時が一番気が滅入る瞬間だった。  同僚達の多くが既婚の中年女性であり、彼女達は自分の家庭を助ける為に働き、そして夫の安定した収入があるが故に薄給でも精神的な負担は少なかった。  それに対して私は二十歳になったばかりで結婚もしていないので経済的には困窮していて精神的に余裕が持てる状態ではなかった。中学を卒業後は進学はせずにここでアルバイトとして9時から17時まで働く生活を5年間続けていた。  実家暮らしであったから無駄遣いをせずに普通に生活をしていればそれなりにお金は貯まるはずだった。しかし私の生活からは安定、安穏といった言葉からは遠くかけ離れていた。  そう、私の生活は全く普通ではなかったのだ――  この場所が私にとっての監獄であるならば、実家は私にとって正に地獄であった・・・・・・
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