隣人の愛

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 こんな時はなんと言ったら良いのだろうか。「ありがとうございました」ではおかしい。それではまるで本気で死ぬ気がなかったみたいだ。  沈黙が流れる中、みちるが言葉を探していると、男は静かに口を開いた。 「私が殺したのは、私が最も愛する人でした」  自分は殺人者であると語り出す男を目の前に、さっきまで死のうと思っていたのに、みちるは率直に怖いと思った。  男はKと名乗った。Kは自分の半生を語り始め、みちるはそれが作り話か真実か、見当がつかなかったけれど、不思議とKの話を聞いてみたいと思った。  Kは赤子の時、母親に捨てられ心の優しい老夫婦に育てられた。    捨てられていたのは教会の前。寒さが厳しくなりつつある十一月の後半にもかかわらず、老夫婦が見つけたとき、赤子の体を包むのにやっと足りるくらいの小さなタオルに包まれているだけの状態だったというKは老夫婦に大切に育てられた。  老夫婦はいつも「自分自身のように隣人を愛しなさい」と教えた。しかし「自分自身を愛していないのに、どう隣人を愛せばよいのか」というKの問いに、とうとう老夫婦が答えることはなかった。
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