Ⅲ.(1)期間限定講師!?

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「本職は、何してるんですかー?」 「彼女はいますかー?」  「は?」という顔になってから、奏汰はもう一度尋ねた。 「そういうことじゃなくて、PAのことは皆もうわかったの?」 「ええ~? わかんなーい!」  きゃっきゃ笑う女子の声が、室内に充満した。  それを適当に切り上げてから、ケーブル巻きの練習に移る。 「そうじゃないよ、さっき、教えたでしょう? 八の字巻きだって」 「えー?」 「だめだよ、それだと、ケーブルに巻いた跡が付いちゃうから、ここで手首を返して……もっと丁寧に扱って!」  床中に敷き詰められた長いケーブルを、きゃっきゃ騒ぎながら、生徒たちは巻き取っていた。それを、奏汰がチェックして回り、あまりにひどいものは巻き直させた。 「たかが道具だと思わないで。コンサートは演奏するだけじゃなくて、後片付けだって大事なんだから!」  そう言って回る奏汰だった。  校内にある、学生たちの利用する多目的ラウンジでは、缶コーヒーを飲む橘と奏汰がいた。 「生徒たちって、いつもあんな感じなんですか?」  奏汰が、橘に尋ねる。 「そうだよ。年々、アタマが低年齢化していくみたいだ」 「せっかく音楽が勉強出来る環境にあるのに、なんだかもったいないよなぁ」  そう言う奏汰に、橘は力なく笑った。 「最初の頃、俺も『結婚してますかー?』とか『子供は何人いますかー?』とか、そんなのばっかりだったもん。専門学校っていったって、お前とは勉強する姿勢が違うんだよ」  奏汰は信じられないような顔のままだった。 「講義内容練ってわかりやすく説明したつもりだったのに、『わかんない』なんて言われて、がっかりですよ。コンサートには裏方だって大事なのに」  橘が微笑んだ。 「中には真面目な子たちもいるからさ、そう落ち込むな」  奏汰が溜め息をついていると、「あの、蒼井さん……」  先程の教室にいたと思われる、二人の女子が、そこに立っていた。 「クラスコンサートとは関係ないんですが、私たち、今度スタジオ借りて練習してみることにしたんです。蒼井さんの授業参考に、その配線を考えてみたんですが見ていただけますか?」 「いいよ、ちょっと見せて」  微笑んだ奏汰は、図面を受け取った。 「奏汰、教えてあげてて。俺は授業に行ってくるから」  橘は微笑むと、席を立った。
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