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「前にPAの会社にいただろ? あいつら演奏の方が好きで、つい音響をおろそかにしがちだから。もちろん、本来は音響の授業もあって講師もいるんだが、……なんだか最近、その先生が休んでてな。そういうの、よくあるんだよ、本業が忙しかったり、生徒や他の講師と合わないとかで、学校に来なくなることも」
橘の話に再度驚いた奏汰は、開いた口が塞がらなかった。
「そんなんでいいんですか?」
「音楽大学とは違うからかな? 入れ替わりも多いし、長くいる先生でも突然辞めたりするし」
橘は、小さく溜め息をもらした。
普段の彼からは見られない少々困った様子に、彼の役に立つことと自分の勉強にもなると思い、奏汰は講義の依頼も引き受けることにした。
数日後、奏汰は、一回だけの講義のために、橘の努める都内の学校へと向かった。
一部屋に四、五〇人が、テーブル付きの折りたたみ椅子に座り、ガヤガヤとしていた。
「今度のコンサートに向けて、セッティングの説明をしてくれる、蒼井奏汰だ」
橘の紹介の後、奏汰はホワイトボードに配線図を書き、ボーカル用マイクや、楽器の音量等を、バランス良く聞こえさせるために調節するミキサーという機器を前に、説明していく。
基本的な配線の仕方でいいとは言われていたが、トラブル時に考えられる原因や対処の仕方なども伝えた。
音響専門学校時代の教科書も、前の会社で使っていた資料、本等も見直し、どんな質問をされてもいいように準備してある。
「この部分のつまみはイコライザーで、音質を微妙に変えたり出来ますが、基本的なセッティングであれば、いじらなくていいです。コンサート会場がこういった教室なら、リバーブをちょっとだけかけてあげると余韻があって、演奏してると気分いいです。
ただし、かけすぎは、ハウリングを起こしちゃうのと、コンサートホール並みにかけるのは、かえって不自然な感じするから、やめたといた方が無難かな」
学生たちと近い距離で講義をすることは、当然のことながら初めての奏汰であったが、緊張しながらも、なんとか基礎的な説明を終えた。
「説明は以上です。何か質問はありますか?」
「はいっ!」
一番に手を挙げた女子が言った。
「先生、年はいくつですかー?」
それを皮切りに、学生たちはわいわいと質問を浴びせた。
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