第1章

6/7
前へ
/14ページ
次へ
「あー!お腹が痛い!」 「ええっ!?」 「ゆきちゃん見捨てないで」 「そ、そんな」 「お腹痛い俺を置いていかないで」 大輝はお腹を左手で抑えながら右手で雪子の腕を掴んだ。 「あ、あの、だ、だいきさんやったやろか。離して下さい」 電車が到着した。 「腹痛の人を置いていったりしないよね、ゆきちゃん」 「それは…」 大輝は大袈裟にお腹を抱えて蹲った。 「ううっ」 「そ、そないに?どうしよう?隣村まで行かないとお医者様も」 「いいからそばにいて」 電車が動き出した。 「あの、だいきさん。そないにぶちにがる?」 「ぶちにがる?」 「お腹の具合は?」 「ああ!ゆきちゃんが見捨てないでいてくれたから、マシになってきた」 「ええ?もう?」 「うん」 「ほんまに痛かったですか?」 「まあね、というか、もう少しゆきちゃんと一緒にいたかったから」 再び雪子の頬が真っ赤に染まる。 「あの、だいきさん、東京の方はみんなそんな感じなんやろか?」 「そんな感じって?」 「お、おなごに向かって置いてかないでとか、見捨てないで、とか、日本男子の言葉と思えんけど」 「何で?男だって弱音くらい吐かしてよ。特に体調悪い時なんかね」 「で、でも!初対面で一緒にいたかった、とか、そんな言葉も言わんやろ普通」 「初対面でも可愛いな、とか、好みだな、とか思えば一緒にいる時間を長くしたいって思うんじゃない?それが自然だよ」 「自然て…」 「日本男子だから、とか、逆に女子だからこうしなきゃ、みたいな決めつけする必要あるかなぁ?」 「は、はあ…やっぱ東京ん人は考え方が違う」 「東京は関係ないと思うけどね」 「でも、男ん人でそないに長い髪も珍しいし」 「別に長くないじゃん、でもああそうか、昔は坊主が当たり前だったのかな」 「昔って大正とか明治の事?」 「いや、昔の事は詳しく分からないけど、戦争の頃の写真はみんな坊主だから」 「だいきさん、ほんと不思議な方じゃねぇ。戦争を過去の事みたいに話しよる」 ーそうだ、今は戦争中なんだな。何かゆきこちゃんほんとに可愛いし、どっか親しみやすいからから話してて気紛れるけど、俺は過去にいるんだ。昭和20年、広島。来るんだあれが…。事前学習では何と言ってた? 原爆落ちたのは、確か8時15分。その後の黒い雨、残留放射能。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加