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真崎の場合
「やっべ、...辞書忘れたわ」
「え?やばくない? 次、たにけんでしょ?」
がやがやといった喧騒が教室内でも廊下でも繰り広げられていた。
どこのクラスでもそうだが、仲の良い者同士や中学からの受験組や部活動で一緒な者たちでの派閥があり、教室内のそこら中で少人数で集まって談笑していた。
「まずった、とりあえず隣のクラスでテキトーに借りてくるわ」
「こういう時不便だね」
ずずず、という音を立てて、遼太郎が椅子をふくらはぎの裏で押しながら立ち上がる。3日前に学校内の清掃週間でワックスをかけたばかりからか、椅子の滑りが悪く、椅子が悲鳴をあげた。
後ろ姿のひらひらと手を振る遼太郎をただ眺めていた。自分が寂しがるのかとでも思ったのだろうか。
「隣のクラスに行くだけじゃん...」
それでもそんな姿にでも可愛いと思ってしまう自分は重症だ。
こういう時、同じ学校に通っているのに、クラスが一緒だと不便だな、と思った。が、いや、しかし他人が知っていて自分が知らない遼太郎を知られたり見れたりするのは、悔しいし惜しい。やはりそういう部分も含めてクラスメイトの特権はふんだんに使ってこそだと妙に納得して、浩介はにんまりと口の端を上げた。
「なに、こーちゃん。どしたわけ?」
自分の世界になっていた浩介を見かねてなのか、はたまた何か用があってなのか、クラスメイトの細谷が浩介の前の席の椅子に後ろ向きにまたがった。背に腕を乗せ、その上に顔を置いている。
「こーちゃん言うな、ホソヤ、ウザい」
「なになに、え、ウザいの俺? 」
ほくそ笑みながら、姿勢を変えずに細谷が悲しそうな声で言った。
しかし、顔は笑っているため、悲しげな声だけだ。
「まあ、それは置いといて。...こーちゃん達さ、今週の土曜ひまじゃない?夜なんだけど」
嫌な予感がする、とすぐさまに察知した。浩介の中のまだ誰にも知られていない部分がじくじくと痛み始めたからだ。
ひとまず、こーちゃん呼びには敢えて突っ込まないことにした。
「ひまじゃない。大体部活あるし」
「いやだから、夜だよ?」
「なにかあるの?」
一応、嫌な予感はあるが、聞くだけ聞いておこうと思って問いかけた。
もしかしたら嫌な予感は外れているかもしれない。 自分の思い過しかもしれないし、考えすぎだなと言い聞かせる。
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