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彼は、戸惑いがちに言葉を紡いだ。
「えっと、絶対使うってことはないかな?」
「では、このタオルは洗ってお返しします。あなたが落としたのが悪いかもしれないです。でも、私が気づかなくて踏んでしまったことも悪いのです。だから、このタオルは……」
プッと吹き出す音。その次に聞こえたのは、クスクスと楽しそうに笑う彼の声。時間は、数秒だったと思う。しかし、私はもう少し時間が経ったように感じた。
「じゃあ、お願いしようかな? 君の気がすむなら、それが一番いいだろうね」
初対面なのに、私の好きなようにやらせてくれようとしている彼はお人好しなのかもしれない。私はその言葉に甘えて、丁寧にタオルを畳み、鞄に入れる。
それが終わって彼の方を向くと、真剣な表情をしていた。ドキッとした。そんな表情もするんだと思った。
「そのタオル、大切なものなんだ。だから、絶対返してね?」
彼は、低い声でそのことを述べて、薄く笑う。その様子は少し怖かった。だが、それくらいあのタオルは大切なのだろうと思った。
「分かりました。お約束します。あのタオルは、大切に扱いますし、余計なことはしません。洗濯して、アイロンをかけた後は、あなたに返しに行きます」
「うん、頼んだよ」
ニコッと笑みを浮かべる彼に一言。
「大切なものをそんなにすぐ人に渡すのはよくないですよ」
「そうだね? でも、俺は人を見る目はあるって信じてるからさ。君は大丈夫だ」
何が根拠なのかは知らないが、彼が大丈夫だと言うのだから、大丈夫なのだろう。彼の信頼を裏切らないようにしようと胸に刻みつけた。
「ところで、君の名前は? 俺は、二年の春川真だ」
「私は、一年の秋咲悠です。よろしくお願いします」
「一年ってことは、今日からか?」
「そうです、春川先輩」
ノリで彼のことを先輩と呼んでみた。
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