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私を信じてくれている先輩のためにも、あのタオルを返そうと思ったある日。ズルズルと引きずって先輩にあのタオルを返さないのは裏切り行為だと考えた。
だから、意を決して、お昼休みの時間、二年三組の教室に向かう。
「すぅ~~、はぁ~~」
二年三組の教室に着く前に、深呼吸して、覚悟を決めた。
目的の場所に着いたとき、扉をスライドさせようと思ったが、それは開いていた。
そこで見たものは、他の多くの人たちがいる教室の中でキスをしている男女。男の人は、春川先輩だと分かった。よく人前でキスをできるなと思った反面、やっぱり彼女がいたんだと思った。
春川先輩に彼女がいることを疑っていたわけではない。ただ、彼女がいなければいいと願望を抱いていただけ。その願いは、たった今、打ち砕かれた。
ヒューヒューと盛り上がっている教室内。これは日常茶飯事のことなのだろう。陽気な教室の雰囲気とは反対に私の気分は下降中。今なら、うじ虫になれそうだ。泣きそうになるが、それを抑えた。笑え、笑えと私自身に命じる。
「春川先輩」
先輩に笑顔で声を掛けた。後輩の私が他の先輩たちがいる中で一人。勇気を持って伝える。
「遅くなってすみません。春川先輩の大切なタオルを返しにきました!」
手で掴んでいるタオルを先輩の方に差し出す。
先輩は驚いたようで、目を丸くさせていた。
「えっと、悠ちゃん、ありがとう。忘れてるのかと思った」
「春川先輩、酷いです! あんな真剣に絶対に返してって言ってたのに、忘れるわけありませんよ。ただ、上級生の教室に行きにくくて……、遅くなってしまいました。本当にすみません」
沈んだ心。でも、先輩の一喜一憂する表情に少しだけ癒された。
「謝らなくていいよ。俺もそこのところの配慮が足りなかった。返してくれてありがとう」
先輩からのお礼。もう一つは、先輩の暖かな満面の笑み。涙が溢れてきそうだ。
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