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***
すべて夢だったと思いたい。
けれども、薬指にあったはずの指輪が
翌朝無くなっていて、夢じゃなかったことを
思い知らされた。
あの日から私は、いつ隆司から別れを
切り出されるかと、毎日びくびくしながら
過ごしている。
ぐっすり眠れなくて、疲れは溜まる一方だ。
なんとか出社しているものの、頭はてんで
働かず、惰性で仕事をこなす日々。
「文香ちゃん、大丈夫?顔色が良くないけど、
体調が悪いの?」
そんなのとっくに自覚してる。
寝不足のせいか化粧乗りが最悪で、
鏡を見る度にうんざりしているから。
その私とは入れ替わるように、顔色の良く
なった細谷さんが、気遣わし気に向かいの
席から顔を覗かせた。
赤ちゃんのことを話して、肩の荷が下りたから
だろうか、なんて、つい深読みしてしまう
自分が嫌だった。
細谷さんは、私と隆司の関係を知らない。
それを言うならこの会社の誰もが、私達の
ことを知らない。
秘密にしたいと言ったのは私だ。
けれど、今こんな思いをするくらいなら、
どんなに妬みを買おうと、私が隆司の
恋人だと公表しておけば良かった。
でも、それも意味がないのかも。
だって、隆司は私に満足してい なかったん
だもの。
中庭にはあれ以来入っていない。
指輪はあの庭のどこかに、今も転がって
いるだろうか。
近くを通る度に胸が痛んだけれど、
目を背け続けていた。
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