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細谷さんの会話の相手は隆司だ。
彼が細谷さんのお腹の子供の父親なの?
頭の中が真っ白になって、両足から
力が抜けていく。
ズルズルと壁から背中が滑り落ち、
終には冷たい床に座り込んだ。
それから二人が何を話したのかは、まったく
耳に入らなかった。
気がつけば、いつの間にか部屋にいるのは
私一人。
すっかり冷えた体を引きずって立ち上がり、
急いで資料室を出た。
エレベーターを待つ時間も惜しくて、階段を
駆け下りる。
正面の中庭を突っ切ろうとして、ガラス戸を
押し開けようとした時、薬指に光る、細身の
指輪が目に入った。
「こんな物……」
一刻も早く外してしまいたくて、力任せに
引っぱった。
途中で引っかかった関節が痛んだけれど、
おかまいなしに強引に引き抜く。
指輪を握りしめ、薄暗い中庭に飛び出すと、
勢いのまま、握りしめた手を振りかぶった。
その瞬間、これを贈られた日のことが頭に
浮かぶ。
指に付けてくれた時の、少し照れた彼の顔。
まさかのプレゼントで目を丸くしている間に、
私の唇に落ちてきた熱いキス。
嬉しいことばかりだったあの日のことを。
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