選手宣誓 180805

2/6
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 その変な出で立ちのコーチが来たのは先々月だった。ヒッピー、と父兄会の人達はあだ名を付けた。およそ野球が似合わない風貌だった。  ヒッピーは練習には顔を見せなかった。しかし試合になるとグランドに現れ、お香のような匂いと共にベンチに座っているのだった。インド人みたいな格好の彼の側に座る人はいなくて、いつもポツンと、そこだけインド人だった。  その頃から、出ると負けチームと言われた僕達の野球部が勝てるようになった。打席に立って思い切りバットを振ると、ボールが芯に当たる感触がして、そのままスタンドに飛んでいった。また、僕の投げるボールは相手の空振りを誘い、バッタバッタと三振の山を築いた。それこそ、バッタバッタと。相手チームの打者は、球が変な風に曲がる、見たこともない変化球、魔球か、などと、口々に言った。  無名でノーシードの公立高校が地方大会を勝ち上がり、決勝に進む頃には、奇跡の名選手達、と報道されるようになった。はい、奇跡だと思います、と、インタビューを受けて僕は言った。でも日頃の練習の成果ですよね、とインタビュアーが続ける。はい、と僕は答える。ちょっと苦笑いになってしまった。  誰も何も言い出さなかったけれど、何となくわかっていた。これは僕達の実力じゃない。少なくとも僕には、そんな魔球なんか投げられない。練習の成果なんかじゃない。だってそんな練習なんてしたこともないのに。  ヒッピーだ。ヒッピーのせい、いや、ヒッピーさんのお陰。練習試合で一度、ヒッピーが来なかった時があった。僕の球は打たれ、そして相手投手を打つことはできなかった。3回を終えて0対8。意気消沈したベンチに、ヒッピーが遅れて現れた。何も言わず、ベンチの隅に座る。お香の匂い。ヒッピーに声を掛ける人は誰もいなかった。だけど、皆のヒッピーを見る目が輝いているのがわかる。もちろん、僕もだ。そしてチームは大逆転。16対8で7回コールド勝ちとなった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!