まちがいでんわ

1/4
前へ
/4ページ
次へ

まちがいでんわ

「こんにちは、もえかです」  午前六時。    部屋の中は、わずかな光しか届かない水底のように仄蒼くて、違和感すら覚える。  それでなくとも目覚まし時計とは違う音で叩き起こされたのだ。起きたての私の喉は満足に言葉を出せずにいた。 「もしもし、もえかです。こんにちは」  耳元を擽るその声は、やや舌っ足らずな愛らしさを含んでいて、私の不機嫌さなど一蹴してしまうほどだ。  「……えーっとね」  起き抜けのつぶつぶした声に驚いたのだろうか。受話器の向こうで小さく息をのむ気配がして、すかさず、がさごそと何かが擦れる音がする。  くぐもった電話の向こう側がにわかに騒がしくなり、私もまた、どうしたものかと思案に暮れる。  これはいわゆる間違い電話だ。  しかも、こんな早朝になんて非常識な。  相手が大人なら罵倒して叩き切っているだろう。それでなくとも最近の間違い電話は謝るどころか、名乗りもしないのだから。  だけど、この電話の相手は子どもで、しかもちゃんと名乗ってもいる。  もえか、と。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加