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白いご飯と山菜。お味噌汁。これが精進料理というものか。とてもあっさりしている。本日の夕ご飯。あまりお腹を一杯にしないでください、と、係の女の人が言った。腹八分目がよいのだという。懐妊の儀のためには。
畳の部屋で正座をして、一緒に夕食を食べている女性たち。白装束。これがカルト・アースの信者の着衣だ。作務衣のような簡素な作り。人数を数えてはいないが、多分五十人いる。満員だ。箸が茶碗に当たるカチャカチャという音だけがしている。無言なのだ。私の他にどんな人が参加しているのだろう。ご飯を口に運びながら、周りの人を見てみた。歳は私と同じか、少し上の人が多いようだ。私は今二十八歳。三十歳前後の人が多い。中には明らかに四十を越えている人もいるし、二十くらいの若い娘もいる。席の前の方にいる人は熱心な信者なのだろう。白装束を着慣れているかんじだ。あれは借り物ではなくて、自分の服に違いない。カルト・アースの地方の各支部で熱心に信仰をしている人なのだろう。そういえば受付で花束を預けている人がいた。赤い薔薇の花束。あれは教祖様への貢ぎ物か。トニー教祖への。二年半前に、前の教祖、マザー・アースが亡くなった。熱狂的な信者は哀しみに明け暮れたが、トニーが次の教祖になり、そして女性を解放した。愛しい人の子を産めないという、それまでスモールタイプの女性が抱いていた永遠の苦しみから。その時からカルト・アースは、母性の宗教から父性の宗教に代わった。スモールタイプにとっての母の役割から、父の役割へと変貌を遂げたのだ。そして熱狂的な信者を生んだ。スモールタイプの中に、父性によって救われる人がいっぱいいたということだ。人々は父性をこそ求めていたのだ。食堂の前の席に詰めている人たちや受付で赤い薔薇の花束を預けた人たちは、そんな熱心な信者なのだ。懐妊の儀は日本ばかりでなく海外からも申し込みが殺到し、最短でも三か月、長いと一年以上待たされるという。参加許諾は先着順でも抽選でもなく、「カルト・アースの基準に照らし合わせて最適なタイミングでの参加が許諾される」とある。参加希望者はネット上の登録フォーマットに履歴書のような内容と顔写真を登録し、許諾が降りるのを待つのだ。どんな基準なのかわからないが、トニー教祖が霊視をし、霊感で地球の神にとって大切な人を選び取るのだそうだ。そんなことを信じている訳ではない。少なくとも、この私は。でも、私の所に参加許諾が降りたのは早かった。登録して二週間で連絡が来て、次の排卵日、連絡が来た日からちょうど三週間後に、今日の日が来た。噂で聞いていたより随分早い。これはカルト・アースの理屈から言えば、地球の神にとって大切だということを示しているのだろうか。この私が。他の人に比べて。勿論そんなこと、私は信じてはいない。信じてはいないのだけれど、悪い気はしない。悪い気はしないどころか、何か優越感のような気分さえあるのだ。私は地球の神から選ばれた。そして地球の神の子を授かる。これは何か、選民意識のようなものか。不思議だ。
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