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「桜井ミキさんで間違いありませんか」
その女性が言った。暗くて顔がよく見えない。でも白くて鼻筋が通った、美しい顔立ちだ。
「はい」私は答える。
「おめでとうございます」その人は言う。「あなたが巫女です」
巫女。巫女というのは。
「今日の五十人の中から選ばれました。あなたが巫女です。巫女になって、本日の懐妊の儀を先導していただきます」
先導。懐妊の儀を、先導。
「桜井さん、霊感は」
「霊感、ですか」
霊感なんかない。昔叔母さんのお葬式の時地球教団の葬儀場で一緒に参列した従姉妹が叔母さんを見たと言った。ガラス戸の向こうに叔母さんが見えたんだと言った。霊感と言われて思い出すのはそんなことくらいだ。ちなみに、その時死んだ叔母さんが見えたと言ったのは従姉妹であって、私ではない。
「霊感とか私、全然無いです」
そうだ。私に霊感なんて無い。霊感なんて無いし、カルト・アースの熱心な信者という訳でもない。冠婚葬祭の時にちょっと手を合わせるくらいだ。その私が。巫女。
「トニー教祖があなたを選びました。あなたが地球の神に最も近しい存在だということです。おめでとうございます」
そうか。そういうことか。私が最も神に近いのか。地球の神に。
馬鹿じゃないの、とは思わなかった。今この地下室に来た五十人の中には、一年以上も待たされた挙句ようやく許諾が出て喜び勇んで参加した者もいる。薔薇の花束を捧げ、説明動画を先頭で食い入るように見て、今ようやく夢にまで見た寝室に案内されたところなのだ。そんな女たちの中、私が巫女に選ばれたという。この私が。巫女。神に近しい存在。教祖様にはそれがわかるのだ。私の価値が。私自身も知らなかった、私の価値が。
今、特別な存在、巫女であることを告げられ、少なからず舞い上がっている私自身がいた。暗い地下室に敷かれた布団の上で。これから何が起こるのだろう。不安な気持ちはなりを潜めていた。むしろわくわくする気持ちが心の底から沸いてくる。不思議だ。これが地球の神の力か。カルト・アースの信心か。
「巫女であること、承認されますね」
「はい」
私の口から返事が滑り出てきた。ドキドキしながら。でもとても素直に。
「では桜井ミキさん、あなたを巫女としてご招待致します。こちらへ」
女性が歩き始める。
目が慣れてきた。蝋燭のような灯に照らされて、暗く幻想的な空間が広がっている。
その大きな地下室の正面の壁に、中二階のような場所がある。下から見上げると神棚のように見えなくもない。そこに細い階段が付いており、その女性が上っていく。私もそのあとに続く。
「キョウコです。入ります」
中二階にしつらえられた小部屋まで上がって、扉の前でその人が言った。キョウコ。知っている。ホームページで見た。教祖補佐。カルト・アースの教祖補佐の女性だ。
小部屋に入るとそこは一段と暗かった。教団の祭壇が祀られ、蝋燭が灯っている。赤い。赤い絨毯のようなものが足元に敷き詰められている。
「座ってください」
キョウコ教祖補佐が言ったので、私は入り口付近の椅子に座る。
「お化粧をしますね」
お化粧?
教祖補佐はポシェットから何やら取り出している。化粧道具か。私は教祖補佐から化粧を施されるのか。私の顔の上でファンデーションがはたかれ、頬紅が塗られる。アイシャドウと、口紅も。教祖補佐はてきぱきと私の顔にお化粧を施す。これが巫女の化粧か。私は自分で自分の顔を確かめることはできなかった。でもこれは結構厚めのお化粧だ。それはわかった。私の顔は真っ白になって、キラキラのラメが付き、アイシャドウで目が大きくなって、唇が真っ赤になっていることだろう。これが巫女か。他の女たちはスッピンだ。さっきシャワー室で化粧を落としたから。私だけが化粧を施されたのだろう。これが巫女か。神に近いのか。
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