第10話 小人の新しい王様

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 「桜井ミキ、巫女の準備完了です」  キョウコ教祖補佐が言った。  「あいよ。持ち込みは?」  向こうの方から男の人の声がした。この向こう、暗い襖のその向こうに、もう一つ部屋があるのか。  「持ち込み無しです」  「あい」  「桜井ミキ巫女、懐妊の儀です。よいですか」  キョウコ教祖補佐が言った。私に言ったのか。  「はい」  答えてみる。  「これがお神酒です。私がこの部屋を出たら、経(きょう)を唱えた後、全部飲んでください」  言いながら教祖補佐は液体の入っているペットボトルのような容器のキャップをほどいた。  「必ず全部飲み切ってくださいね。それでないと効果がありませんから」  小さ目の缶ジュースくらいの大きさ。全部飲め、ときた。胃のレントゲン検査の前に飲むバリウムじゃあるまいし。  キョウコ教祖補佐はそのお神酒と呼んだ飲み物を私に手渡すと、そのまま小部屋から出て行ってしまった。私は暗い部屋に一人残された。なので仕方なく、私は結婚式やお葬式で唱えるカルト・アースのお経を三回ほど小声で唱えると、その飲み物を飲むことにした。口を付けてみる。うーん。これは何だろう。養命酒というか紹興酒というか、アルコールの匂いと高麗人参のような匂いとが混ざっているような。強い香りと強い味だ。これは苦手で飲めない人もいるんじゃないか。懐妊のためには我慢するのか。鼻をつまんで飲めってことか。私は我慢して一口飲みこんでみた。喉に焼けるような刺激があって咽る感じになった。でも不思議なことに、二口目からは美味しいと感じるのだ。ごく、ごく。三口目。四口目。ごくごく飲めてしまう。美味しい。私はあっという間にそのお神酒を飲み干してしまった。全く無理はない。むしろもっと飲みたい。そう思わせる飲み物だった。そうそう。思い出した。そこで今まで左手にずっと握り締めていた錠剤を取り出す。忘れていない。  「剣持が集めてきたインタビューの情報によると、懐妊の儀の参加者はお神酒を飲まされ、次に気付くと朝だった、と言っている。俺が思うに、そのお神酒というのが曲者なんじゃねえかと。強い睡眠薬か何かか。気を失うみたいなかんじだから覚醒剤とかじゃないと思うんだが。それで、だ。お前に薬を渡す。この薬を持ってって、お神酒を飲まされる前か後に飲め。薬剤を吸収させない作用と解毒作用があるから、睡眠薬の効果が薄れると思うんだ。で、その状態でお前は懐妊の儀を経験してきてくれ。そうすれば奴らが中で何をやってるかわかると思う。奴らが言ってる最新の科学技術って何か。それがわかる筈だ」  昨日の夜ホテルで私を逝かせた後、角照英はそう言って私に錠剤を手渡した。私は角さんの教えに従ってそれを飲んだ。  そこまでだった。  私が正気でいられたのは。
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