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桜が舞いました。
私は手に汗握り、唾をのみました。苦く土のような感触が、口内を撫でます。今度は、砕いた砂利を唾に含ませて、口先から勢いよく吐きかけました。
私の唾液が付いた少年は、私を侮蔑してから拳を握りしめ、なんと顎めがけて殴ってきました。
私はその拳をしゃがんで躱そうとしましたが、運の悪いことに右足のかかとの近くにあった小石につまずいて倒れてしまい、その直後に少年は私の腹を力強く蹴り飛ばしました。何度も何度も。
私はうっかりと嘔吐してしまい、それが頬あたりに少しついてなおさら気分が悪くなり、再度嘔吐してしまいました。その吐瀉物は明らかに白く濁りドロッとしていたので、間違いがなく胃液と思います。焼かれるような腹と喉の痛みに耐えながら、もともと吐いて出てくるようなものは、ここ最近食べていないことにふと気が付きました。
そう考えると異様に腹が立ってきて、煮えくり返るような気持ちになりまして、私は汗で湿った手を握って、奮い立ちあがり少年を睨みます。これには少年も怖気づいたのか、被っている野球帽を深くかぶり直し、一歩下がりました。
ここで私が引いては意味がありません、アスファルトに染み込む吐瀉物を跨いで、少年にとびかかり馬乗りになりました。これが私の乾坤一擲の大勝負、。後にも先にもひくことができない、人生一番の殴り時。そう思い、右手を日の光にかざして大きく振りかぶり、少年の顔面目指して殴りました。
ゴキッと鈍い音がしましたが、当の私の耳には聞こえていませんでした。もう一度振りかぶり、今度は確実に仕留めようと渾身の力を拳に込めて、まったくと言っていいほど綺麗なフォームで殴りかかり、さらに顎をジャブジャブと殴り、野球帽の落ちて無防備なおでこに、両の手をハンマーのように握り思い切り振りかぶりました。
ぐしゃっとした音がしたのは確かです。手に鮮血がこびりついていて、気持ちが悪いです。ほかにも不思議と、少年の頭からは血が流れています。
私は少年から立ち上がり、何の気なしに上を向いてこう言いましたことを覚えています。
「きれいだなあ」
一枚の桜がひらり舞い落ちてきました。この花びらも今や一人です。しばらくすると静かに少年の頭に落ちました。
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