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◆
「幸村様」
背中に掛けられた声、それが誰かはわかっていたが振り向く気にはなれなかった。
「あの、幸村様?」
普段ならすぐに振り向くのだが、今は一人にして欲しい。
お館様が倒れたと志絆殿に聞いた時、頭が真っ白になった。駆け出し、床に伏すお館様を目にした時も悪夢か何かだと思った。しかしこれは紛うことなき現実だ。
「蛍殿、どうか一人にしていただきたい」
「……幸村様」
蛍殿の声が消え入りそうな程小さくて、思わず振り向いてしまった。
「なっ、蛍殿!?」
うっすらと涙を浮かべた蛍殿の姿に驚いて声が上擦ってしまった。
「どっ、どうしたのだ!?」
「いえ、なんでもないんです!お気になさらないで下さい!」
パタパタと走り去ってしまった蛍殿の背を、某はただ呆然と見つめていた。
なんで蛍殿が泣いていたんだ?
某が何かしたのだろうか?
「……わからぬ」
お館様のことだけで、頭がいっぱいだというのに。
蛍殿のことまで頭が回らない。
某にはお館様が必要でございまする。
お館様……。
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