常識をどこに忘れましたか

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「よろしくねー」 「郁、俺は一昨日、掃除に来たはずだけど」 「うん、ありがとね」 ニコニコ笑う先生の口に、九個目のドーナツがするりと吸い込まれていき、恐ろしいことに十個目を手に取った。 もう、勘弁して……。 「ありがとね、じゃない。使ったら、元に戻せっていつも言うだろう? それに、どうして、普段使わないものまで出るんだ」 「なんかね、呼ばれた気がしたの」 「物は、人を呼ばない」 「そうかなぁ。陵介には聞こえない?」 「聞こえない」 「モモも、聞こえない?」 意味の分からないやりとりに茫然としていた私は、突然話を振られて、喉がきゅっと鳴ってしまった。 「モモが鳴いた!」 「鳴いていませんし、物に呼ばれたこともありません」 内心の動揺をひた隠し、冷静に答えると、先生はチェッといじけて、自分の隣にあったクッションを手に取った。
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