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戸惑いしか湧かない私の頭からは、憧れの作家と会えた感動も喜びも消え去っていた。
結局、私の話を聞いているようで聞いてくれない二人が強引に話を進め、編集長の許可までちゃっかり取ってしまった。
こうして、私の編集者としての仕事は波乱の幕開けとなった。
必要最低限の荷物を空き部屋に運び終わり、部屋の真ん中で溜息を吐いた時、先程、編集長から電話で言われたことが頭を過った。
『くれぐれも、鏑木先生の機嫌を損ねないように。それと、絶対に好きになるなよ』
一体、どこに恋愛の可能性が見えるというのか。
テレビの企画で、珍獣と暮らすことになった芸人さんの番組を思い出す。
私にとってはそちらの感覚の方が近い。
まともだと思っていた天沢さんまで、珍獣かもしれないと思い始めている私は、さながら珍獣ハンターにでもなった気分だ。
自分が、いかにまともであったのか実感した気さえする。
そもそも、見た目も言動も不思議少女な郁に、異性に向ける恋愛感情を抱くとは、到底思えない。
『絶対に、好きになんてなりませんよ』
そう返事をした私が、この二人の間で揺れ動くことになるとは、この時は想像もしなかった。
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