第1章

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 コンクリートに座った尻が冷えていた。 「あの……お隣、今日は帰らないんじゃないすかね?」  ドアが開いた、と思ったらそれは隣の部屋だった。  大学生だろうか。二十代くらいの若い男だった。 「あ、すみません」  反射的に立ち上がり、俺は謝る。  音を立てたりはしていないつもりだったが、アパートの廊下に男がずっと座っているというのも怖いだろう。だが帰るつもりはなかった。 「寒くないすか……?」  男は遠慮がちに声をかけてくる。どこかのバンドのTシャツに、パーカーを羽織っていた。  俺は朝までだって、ここで粘るつもりだった。  浮気の証拠を、掴まないといけないのだ。 「あのこれ、よかったら」  男はそう言って、ひざ掛けを差し出してきた。 「いや、大丈夫です」  そう言って俺はかろうじて笑みを浮かべる。  毬子はたぶん、俺を裏切っている。連絡が通じなくなったのがその一番の証拠だ。  今日だって、LINEをしているけれど既読にならない。  平日の夜に、定時に仕事を終えたOLがなぜ家に帰らないのか。もう10時を回っている。でも、彼女は帰ってこない。  こうなったら、帰ってくるまで待つつもりだった。 「いや、あの、大したものでもないんで」  男は食い下がる。別にそこまでして断るものでもないかと思い、俺はひざ掛けを受け取る。  薄い黄土色のごわごわしたそれは、会社で同僚が使っているようなかわいらしいものとは全然違う。  だけどその素朴さが、何だか心に染みた。  スーツのままで、上着を着てこなかったのは確かに失敗だった。  10月のこの季節、遮るもののない廊下は冷えた。特にコンクリートの床がいけない。 「すみません」 「ドアの前に、置いといてくれればいいんで……」  そう言って、男はまた部屋に戻っていった。一瞬、彼の部屋の中の温かい空気が漏れ出してくるのがわかった。  何をしているんだろうと、思わなくはない。  彼女の家の前にずっと陣取って。  浮気の証拠を抑えたとして、どうするつもりなのか。  すがるのか、脅すのか。終わりにするなら、さっさとすればいい。  俺は未練たらしく携帯を確認する。  やっぱり連絡は来ていない。 「はぁ……」 「あの」  また隣の部屋のドアが開いた。男は手に、鍋を持っていた。  湯気が立っている。
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