第1章

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 おそらく浮気されている――そんなこと、言えなかった。 「別れちゃえばいいんじゃないすか?」 「若いから、そうあっさり言えるだろうけど」  俺だって、大学の頃の恋人は何人だったか思い出すのにも苦労する。多分、五人くらいか。誰も、半年くらいしか続かなかった。 「いろいろと、しがらみがあるんだよ」  十歳近く年下であろう、初対面の大学生相手に何を言っているのか。 「これで後輩とかと付き合い始めるとまた評判下がるしなぁ」  正直にいえば、そちらに心惹かれなくもなかった。でも、周囲の人間関係だってあるし、やはり大学生の頃みたいには気軽にはいかない。 「モテるんすね」 「いやいや」  喋りすぎているという自覚はあった。 「下田代くんは?」 「俺は、のめり込むと周りが見えなくなっちゃうんで、自重してんです」 「へぇ」  とてもそんなふうには見えなかった。こうして俺を部屋に誘うだけのコミュニケーション能力もある。軽々と世渡りをしていそうだ。  だが、意外とストーカーというのはこういうタイプだったりするのかもしれないなと思った。いや今まさに、ストーカーじみたことをしている自分が言えたことではないのだが。  こういうタイプが意外と、というのが何となくリアリティがある気がした。 「帰ってこないすね、お隣さん」 「飲み会かもしれない」  もうそろそろ終電の時間だった。最初は朝まで待つくらいのつもりだったが、俺も明日の仕事がある。  下田代と飲んで、俺は少し冷静さを取り戻していた。  誰かの作った温かい食事なんて食べたのが久しぶりだったかもしれない。 「最近、遅いみたいすね」 「わかるのか?」 「だいたいは、音で。ほらここ、壁薄いんで」 「何か、変わったことがあったら教えてくれないか」  そうして彼と連絡先を交換した。  だからといって、特に俺から連絡するつもりはなかった。  鞠子からは翌日の昼になって、携帯の電源が切れていたから返信できなくてごめんと連絡があった。  昨日は部屋に早めに戻って寝ていたという。  嘘だ。  俺より先回りをして帰って、部屋に一切電気をつけずに眠っていたということになる。  ありえなくはないだろうけれど……たぶん違う。  彼女はたぶん、浮気をしていて、その相手の家にいるのだろう。  そのうち、自分の部屋にも浮気相手を連れてくるだろうと思っていた。
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