平成生まれ 180829

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 「こんなことってあり得ます? 罠ですよね、どう見ても」  木俣二等兵が何度も語り合ったその話をもう一度蒸し返します。  島の守備隊が玉砕した後、ほどなくして本土決戦が行われた筈だと思っていました。一億火の玉。その言葉は島にも伝えられていました。我々守備隊は、本土決戦を一日でも遅らせるためにあの島で消耗戦に挑んだのです。  戦闘は数か月に及びました。弾は早々に尽き果て、食料も無くなりました。補給もありません。ご存知のように、この戦闘で2万人に及ぶ兵隊が亡くなりました。本部のあった地下壕は火炎放射器で炙られ、出入り口を塞がれ、油をまかれて火を入れられました。苦し紛れに外へ飛び出したところを狙い撃ちです。部隊で助かったのは我々2人だけでした。火が入る寸前の戦闘で、偶然外の崖っぷちに出ていたのです。  2人で逃げました。崖っぷちを這うようにして。負傷シテモ頑張リ戦ヘ虜トナルナ 最後ハ敵ト刺シ違ヘ。勝山軍曹がいつも言っていた守備隊の戦闘訓です。それが大日本帝国陸軍の軍人ぞ。無我夢中で逃げる道すがら、私は軍曹を思い出しました。軍曹の言葉を。申し訳ありません。心の中で直立不動になり、軍曹に詫びました。何度も詫びました。そして、逃げました。  我々の逃亡はそれから何年か続くことになります。その間、我々は火を一切使いませんでした。火を使うと明かりと煙で人がいるのを発見されてしまいます。だから夜になると暗くて、月と星だけが頼りでした。  うとうとすると必ず夢を見るのです。私によくしてくれた村田一等兵や、佐久間二等兵の夢です。夢の中で彼らはいつも笑顔で語りかけてきます。田舎の川で魚捕りをした話、母親の卵焼きがうまかった話。妻が貞淑ないい女で、子供が玉みたいにかわいいという話。馬鹿っ話の後、俺達が守らねば、と、話が続きます。俺達があいつらを守らねば。俺達が大日本帝国を守らねば。俺達が。しかしよぉ、と、皆口々に言います。早く帰りてぇなぁ。最後は必ずその言葉。  夢から覚めると、私は涙を流しているのです。彼らはもういません。母親の顔も、妻と子供の顔も、見ることはない。彼らは皆、穴の中で炭になりました。
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