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思えば。
私がここでこうして遊園地の迷子係をしている。これは完全に運命なのだと言えよう。
「迷子のお知らせです、稲村美樹ちゃんという3歳の女の子が迷子になっています」
最初に私の名前がアナウンスされたのが、ここ桐ヶ丘遊園地だった。
「稲村美樹」。私の名前。大きな音で遊園地中に流れた。
皆がはっと足を止めた。遊園地中の観客が私を見た。
その視線。
何か、おしっこが漏れちゃうような、変なかんじがした。
その視線の中、お父さんがさっそうと現れた。私のお父さん。
「美樹」
お父さんは私を呼び、その大きな腕で私を抱き上げる。
お父さんは背が高い。私は高く抱き上げられる。
わっと歓声が上がる。拍手が起こる。
ここでまたおしっこが漏れちゃうような変なかんじ。下半身がぞわぞわするような。
「お父さん」私はそれを誤魔化すように、お父さんの顔に抱き着く。
お父さんはほっぺでスリスリしてくれる。
お父さんの匂いがして、髭がチクチクする。
「迷子のお知らせです。稲村美樹ちゃんという4歳の女の子が迷子になっています」
2回目のアナウンスは富士急ハイランド。大音響で私の名前がアナウンスされた。
富士急ハイランドは桐ヶ丘遊園地よりも随分規模が大きかったから。だからなんというか、1回目よりも興奮した。
あれはなんというか、大舞台に立った女優のような心境とでもいうのだろうか。
迷子センターもしっかりした四角い部屋で、制服を着た男の人が何人もいたのを覚えている。
そこにお父さんが来た。さっそうと。
「美樹」そう言って、私を抱いた。
男達の拍手と歓声。私を抱いたまま、お父さんが制服の男達とガッシリと握手を交わす。
それを見た時には、ちょっとおしっこちびりそうになってしまった。
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