胸にとじこめた悲鳴

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 もしも、俺が今にも死にそうなほど絶望して、弱音を吐いて、狂ったように泣き叫んでいたら、どうする?  両親の店の営業時間が終わり、内職作業を一時中断していた時のこと。使用済みの為、廃棄されるクリスマスのラッピングと来年に持ち越すものと仕分けをしていた。其処へ舞い込んで来た衝撃の報せに驚くのも仕方がないと言えるだろう。 返事をする間も無く、私は手近にあった上着をハンガーから荒々しく取り上げ、最低限の荷物だけをカバンに詰め込み、家を飛び出した。配達で使うトラック、地元のローカル電車、最終の新幹線を利用して、私の生まれ故郷に帰ってきた。車内ではラインの返信が出来ないままだった。何処にいるか尋ねる質問と、彼が事故にあったらしいという報告が両親からきたが、既読の文字だけを向こうに送った。市内の総合病院へ向かう途中、タクシーの運転手が今年はもう雪が降りそうにないと零した独り言に対し、そうですかと返答するだけで精一杯だった。面会時間終了ギリギリに滑り込み、看護師が言った病室へ入ることが出来た。   閉ざされたカーテンの前で名前を呼んでも返事はなかった。そっと中を覗くと彼は涎を垂らして、無防備な寝顔を晒していた。だが、そんなことで懐柔されるほど事態は生易しいものではなかった。  必死になってクローバーを探したあの手が。  様々な音色で夢を語った優しい手が。  直筆の言葉を書いた右手が。  肘から先、存在しなかった。  喉から溢れた声にならない声を抑圧し、黙って病室を出た。耳と鼻を攻撃する寒風が私の心を貫いた。  後に、彼がその姿へ変わってしまった顛末を両親から聞いた。彼がボランティアとして老人ホームのピアノの定期演奏会へ行く途中、軽自動車が猛スピードで突っ込んできたらしい。相手の運転手は彼の他にも二人の通行人を巻き込んで壁に衝突し、即死。飲酒運転だったようだ。  一瞬、危険思考が脳内を過ぎり、振り払うように首を横に振った。 両親は言い終わった後、少しの間放っておいてくれた。
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