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「まあね。いろいろ迷っててね。ごめん」
ごめん、の意味を、アズマは正確に察したようだった。唇だけで笑い、ソファにゆったりともたれる。悔しいが、とても魅惑的な笑み。
「こうしてる間にもギャラ出てるわけだから」
いい、と言う。冗談なのか本気なのか、量れない言葉。完全に割り切られている。坂上はひそかに唇をかんだ。
「俺なんか抱いて、なんになるの?」
ふふっ、と笑うアズマを、坂上は残酷だと思った。気高いと思った。
いくら汚そうとしても汚れない。いくら踏みにじろうとしても踏みにじれない。抱けば抱くほど、所有欲は乾き、ひび割れて悲鳴をあげる。在る次元が、違うのだ。分かっている。それでも。
かしゃり、と音をたて、はずされたアズマの華奢な眼鏡が、小さなミキシングコンソールの上で跳ねた。ソファが、きしむ。
坂上はメインフェダーを上げ、今アズマが否定した曲を再生させた。
「ああでもこれ、福ちゃんに歌わせたら映えるよ」
かすれた声が、大音量で流される音に埋もれる。いともたやすく、とどめを刺された。まるで報復のように。
坂上は聞こえなかったふりで、薄っぺらい演奏とアズマの白い肌に、自らを埋没させた。
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