15人が本棚に入れています
本棚に追加
「なにがあったって、人は生きていかなきゃならない。間違いは繰り返さなけりゃいい。そうでしょ?」
目を細め、せつなげに笑う福島。
アズマは、あんたは冷たくてクズだからきれいなのかな、という坂上の言葉を思い出す。あの時の力も光も失った瞳。坂上が壊れたのは、あの瞬間ではなかったか。
部屋を出た後の、これでよかったのかという胸のざわめきはべったりと心に貼りついて、いまだにそのかけらが残っているかのようだ。
「正直、俺は拓のことも自分基準で考えちまって、失敗した。でも、そういうのを胸に秘めたり忘れたり、人を踏みつけにしたり傷つけあったり別れたり、そうやって生きていくのが人じゃん?」
つまり、このざわめきのかけらを秘めたまま、生きろということか。こんな事態になっても、福島の心は揺らいでいない。確かな覚悟を、しっかりと抱いている。
アズマはただ黙って、福島を見ていることしかできない。強い覚悟のきらめきに魅入られたかのように。
「これは、きれいごとだ。分かってる。だけど、誰が悪いんでもない。そう思って生きていかないと潰れる」
そう思えなかった坂上は潰れた。福島はそう言いたいのだろうか。
アズマは部屋の片隅の作業スペースに目をやった。ちょうど仕事が片づき、数日間使っていない機材達。いつも煙草の吸い殻がたまっている灰皿もなく、沈黙している機材の連なり。それらがもう二度と動くことはないのではないか、なぜかそんな不安に襲われる。
ここで音楽を作り、時にはスタジオで演奏して金を稼ぎ、生きていく。それしかできない、知らない自分は、これからも生きていけるのだろうか。
「健介……」
震える声で、福島を呼ぶ。福島がいてくれれば、それでいい。きっと生きていける。アズマは自分の顔を包んでいる福島の左腕に右手を添えた。
「セックスしたくなったでしょ?」
すべて見透かしているかのように、明るく言う声。驚いて見返す。
「実は俺も、さっきからアズマさんを抱きたくてさ。もう限界」
そう言って笑う福島は、明るい声とは裏腹にきつく深くアズマを抱きしめ、いつもとは違い少し乱暴にキスする。
「全力で守るから、そばにいて」
「うん……。愛してる、愛してるよ健介」
福島さえいればいい。そう思うと身体がうずき、福島が欲しくなるのを抑えるのは今日はやめよう。今はもうこれ以上、なにも考えたくない。
最初のコメントを投稿しよう!