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ある休日
重いまぶたをこじ開けると、そこにアズマの姿はなかった。料理をしているらしきにおいと音。ずっしりと重い身体をなんとか動かして、スマートフォンを探す。時間を見る。
15:13
だいぶ寝すぎたな、と思いながら、福島健介は大きなあくびをした。
「起きた? もうすぐメシできるよ」
アズマに声をかけられ、その姿を見た瞬間に思わず吹き出す。
「なんなの、そのカッコ」
アズマはトランクスに福島のシャツを羽織って、キッチンに立っていた。アズマはミュージシャンになる前、店をやっている実家を手伝っていて、料理の腕前はかなりのものだ。
「こうして見ると、ホントアズマさんて華奢だよね。彼氏のシャツ着てみた女の子みたい」
福島はなおもベッドに横になったまま笑いながら、煙草に手を伸ばす。アズマさんらしいけど、とつけ足して、煙草に火をつける。
「いいじゃん、俺と健介の間だし」
なにかを刻みながら、背中で答えるアズマ。
差しこむ強い西日に、アズマの身体の輪郭がくっきり縁取られている。今少し遠くにある身体に自分がきのうしたことを思いながら、福島はぼんやり煙草を吸った。
「ねえ、アズマさん」
福島は一服し終えて、そろりと様子を見るように呼んだ。アズマは生返事で、包丁を動かし続けている。
「拓とはこんなんじゃないでしょ、絶対」
どこか意地悪く、忍び寄るような声。
アズマは振り返った。福島が上目遣いで、にやりと笑う。大人で子供な、秘密の甘さも苦さも味わい尽くした男の顔だった。アズマもただ、唇だけで微笑んで見せた。
「あいつ、アズマさんの前じゃ、いつまでたっても初めてのデート状態だから」
「なにそれ、意味分かんねえな」
アズマは包丁を置いて軽く手を洗い、福島の隣に腰をおろした。
「かっこいいとこ見せようと頑張りすぎて、かえってすごい失敗とか、ぶざまなとこ見せちゃったりすんの。会う場所も、ちゃんとホテルとか取ってるんでしょ?」
軽い笑い声をたて、アズマは煙草に手を伸ばす。
「そういうとこもあるにはあるけど、ちゃんとした場所で会ったりはしてないよ」
「そうなの?」
福島はついさっき見せた表情が嘘のように、無邪気に首をかしげた。
「この前は、プリプロやってたスタジオでやられた」
淡々とした、なんでもなさそうなつぶやき。思わず聞き流しかけた福島の身体が、ばねのように跳ねる。
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