開演前

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開演前

 開演ギリギリに関係者席に行くと、見慣れた後ろ姿を見つけた。その隣にも、見慣れた端正な横顔。相棒の福島健介と、作曲家兼アレンジャーのアズマリョウが親しげに話している。 「よう、隣いいか?」 「おっ、お前も来たのか」  坂上拓は福島の隣に座った。坂上が福島と会うのは久しぶりだ。今二人はユニットとしての活動を休み、お互いソロ活動をしている。アズマとは昨日から今日の午前中まで一緒だった。今回、坂上はソロアルバムの収録曲数曲のアレンジ、キーボーディストとしての参加をアズマに依頼している。  開演直前でざわつくアリーナ席を見下ろす、二階の関係者席。長年活躍しているバンドのツアー最終公演が、これから始まる。  あ、と福島が小さく声を上げた。視線の先には、白杖を手に、がっちりした体格の男に誘導されて席に着く男。 「ああ、ひそかに有名な」  坂上は小声で言った。 「ひそかに有名って、日本語おかしくね?」  福島がすかさず突っこみ、アズマが微笑する。白杖の男、一条晴輝は全盲のシンガーソングライターとして数年前に一気にブレイクし、今も人気があるからかなりの有名人だ。 「隣はマネージャーだっけ? あの二人、デキてるって話だぜ」  ああ、そっちの話ね、と大げさなほどに全身でうなずく福島。その肩越しに、坂上は微笑を含んだままのアズマの横顔に目をやる。  昨夜、レコーディングが終わってから坂上はアズマをホテルに誘い、チェックアウトギリギリまで一緒に過ごした。ホテルの高層階から夜景を見下ろしながら、行為にふけった。朝早く目が覚めて、シャワーも浴びておらず情事の余韻を残す身体をもてあそび、バスルームでも互いの身体を洗いながらまた抱いた。そんなただれた時間の名残が、身体の奥でくすぶる。
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