音漏れ 180917

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音漏れ 180917

 「公明、ちょっと話があるの」と、奈緒美が言った。  残業から帰って、ビールと夕飯にありついた時だった。  嫌な予感がした。思い詰めているような顔をしていたからだ。  それで僕はスマホを見るのをやめ、かかっていたテレビを消した。  「あのね」と奈緒美が話し始める。  「今日、電話があったの。寺田さんって知ってる? 私も知らないんだけど。声からするとね、お婆さんみたいなかんじ。すごく丁寧な電話なの。寺田ですが、お宅の物音がうるさくて眠れないんです、っていうの。なんとかなりませんか、って」  奈緒美はそこまで喋って、冷たいお茶を出してきた。これ以上お酒飲んじゃだめよ、という合図だ。  「うん」と僕は言った。  確かにそうかもしれない。うちには2歳になったばかりの健太郎がいて、最近よちよち歩きを始めた。子供の足音や玩具で遊ぶ音は、確かにマンションの他の部屋に響くかもしれない。  その可能性を指摘すると、奈緒美も頷いた。  「うん。そうかも。ね、今度のお休みの日、ホームセンター行かない? 床に敷くものとか、防音グッズとか、買いたいの」  「ああ、もちろんいいよ」  それで次の土曜日に、僕達はホームセンターへ行った。  子供部屋に敷く厚手の防音マット。厚手の靴下。玩具に貼るフェルト。  奈緒美はその上更に、毛足の長い絨毯まで買うと言い出した。  まあいい。これ以上ないくらいの厳重な対応だと思ったが、周囲の住人に気を遣って委縮して暮らすよりはいいかもしれない。
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