音漏れ 180917

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 僕は。  ベッドから立ち上がった。  「待って」  僕の怒りを見抜いたのか、奈緒美が声に出して言った。  「いや。待たない」  僕は居間にある電話を掴んだ。相手の番号を確認する。いつもの番号。通話ボタンを押す。受話器を耳にあてる。電話が切れる。こら。寺田とやら。寺田とかいう婆さんとやら。貴様の。この貴様の行為こそ。迷惑行為だ。僕はリダイヤルのボタンを押した。ツー、ツー、ツー、話し中。一回切る。もう一度リダイヤルを押す。ツー、ツー、ツー。切る。押す。ツー、ツー、ツー。切る。押す。ツー、ツー、ツー。ワナワナ。ワナワナと震える。ワナワナと。どうしろというのか。どうすべきか。何を、どう?  一睡もせずに迎えた次の朝、僕はマンションの部屋を出た。まだ朝が早かった。そんなことは知らない。老人の朝は早いに決まっている。階段だ。階段で降りる。階下の、僕達の部屋の、真下。寺田というお宅に、僕は突入する。そこに住んでいるであろう寺田というお婆さんに対し、僕達の家に夜中に電話をかけてくるそのお婆さんに対し、僕は、はっきりと、文句を言う。苦情を言う。迷惑だと。耐えられないと。なんとかしろと。そうだ。そうするんだ。僕はそうしなければならない。それが僕の生きる道だ。僕が取る唯一の道だ。それ以外はありえない。
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