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「裁判所が決定する慰謝料はこれよりは少ないですが、あなたが受ける社会的制裁の方が、デメリットが多いのではないでしょうか? それにこれは裁判記録にも残りますので、もしあなたが再就職をしようとお考えでしたら、その際にも不利な材料となってしまいます」
「・・・・・・」
肩で息をする佐野は完全に追い込まれていた。
「及川さんのお情けで、まだ奥様にはこの件を伝えてはいませんが、裁判をすることになったら奥様に知られずにやり過ごすことは不可能ですよ」
卒倒しそうな佐野に対して妙に冷静な早紀が不気味だった。
「どうするんだよ、佐野さん」
「・・・・・・!」
もう佐野は死にそうだった。ここで俺の切り札を出すことにした。
「慰謝料をチャラにして、なおかつ裁判も無しの条件も用意した」
「え?!」
目を輝かせた佐野は傑作だった。
「何ですか、それは!」
俺の言葉を待つ佐野は餌をお預けされている犬そのものだった。
「それは・・・」
ゴクリと音が出そうな佐野。
早紀は目を俺に向けた。
「早紀との結婚だ。一生こいつの面倒を見ろ」
「はぁ?」
眉間にしわを寄せた佐野だが、その時の早紀の目を忘れない。
「早紀に財産分与は当然無しだ。そして芽衣の親権は俺だ。佐野さんは今の嫁さんと離婚して早紀と結婚しろ。これが条件だ!」
「えぇえ~・・・離婚は・・・」
「佐野さん、あんたは自分が何をしたのか分かっていないな・・・。だったら内容証明を嫁さんにも渡すことにする。いずれにせよだろ」
「ちょっと、ちょ、待って下さい!」
その時、
「分かりました」
と早紀が一言いった。
この時俺は完全に早紀が他人に思えたんだ。もうダメだと。
完全に俺の思惑通りの型にハメてやったが、例えようも無い敗北感だけが残ったんだ。この時むしろ早紀にとっては勝利だったんだな。
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