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僕は、あの日何を蹴り捨てたのだろうか……。
駅のホームで、床にへばりついた汚ならしいガムを見つめていた僕の視界に、それは唐突に現れた。
二つの少し歪な球体。踏めば音も立てずに、何の抵抗もせずに破壊されそうな球体。それらに、まとわりついた透明な液体が秋の夕日に照らされ、ミラーボールのように輝いている。球体は、白と黒と透明が絶妙な割合で混ざりあい、やはり絶妙に美しい。
少し見とれているとなぜだろう、不意に責められているような気がした。この美しい球体に、自分の醜さを非難されたように感じたのだ。脂っぽい汗が頬を伝う。
周りの音は、いつの間にか、ホームに入ってきていた電車にかき消される。
「きれい……」
思わずそう呟いた。そして、それ故に僕はこの球体を、迫り来る電車に向けて蹴り捨てた。
僕は、美しいものが嫌いだ。
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