第一章 ロビタの困惑

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ナレーター「まあ、ロビタ君ったらロボットのくせにお化けがこわいんですかね。動きを停止してウイルススキャンに入ってしまいました。ご主人様ご帰宅までに時間が間に合うのかな?さてそれにしても、ロビタ君のコンピュータ頭脳に発生する男女二人の声は、これはいったい何なんでしょうね?ずいぶん長い間別れ別れになっていた二人が再会したような、切実な感激が伝わって来ます。日常の用事にかまけ切ったロビタ君のありようとはずいぶんな差ですね。でもひょっとしてこの差が、切実さと凡庸の差が、このドラマのテーマ、主題なのかも知れませんよ。おっと、ロビタ君のスキャンが終わったようです。さあ、声は停止したかな?……」 電源が入るような電子音、活動を再開するような適当な電子音。 ロビタ『ピー、ピー、ピー、さてもスキャン完了。結果、いっさいのウイルス感知せず。わずかに音・光センサー回路に数ヘルツの異常数値ありしが、スキャンのち直ちに修正せり。さても、時を失っしたるぞ。ご主人様帰宅までにアレとコレをーっ!』 ロビタの立ち働く音。 ミキ「マサト、ここはいったいどこなの?」 ロビタ『ピッ?』 マサト「さあ、どこだろう。どこかの広い谷あいにいるみたいだが、しかしなんと美しいところだろう」 ロビタ『ピッ、ピッ、ピッ、ま、またしても声が!』 ミキ「ほんとうに。それに見て、マサト。あの美しい夕日を。まるでこの世の、最後の夕日みたいね」 マサト「ああ……本当にきれいだ。最後の……夕日か」 ロビタ『はた、われ狂せるにあらずや?あなかま、ロボットの気が狂うものか、そも気のあるものか。しかるにこの現象をいかに計算してみても解明しかぬる。いまは声のみか、この男女二人の云う谷間なる光景までもが、わがモニターに映り来たれり。げにも美しき光景、谷間なりき。そは彼のジョン・マーチン描きし‘幸福の谷のアーサー王とエグレ’のごとし。かく云えるは家事執事ロボットとしての、わが教養のメモリーによるもの……あなかま、自慢などしている場合か。それよりも、このうるわしの谷間にさきほどらいの男女二人、こつぜんと現れ来たれり。こやマサトとミキなるべし』
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