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第一話 AyaとKouのアリア
二〇三三年七月、表は、偶然の雨が降っている。
Ayaは、ストラディヴァリウスに弓をつがえた。
「Kouがバッハの中でも好きなのを」
Ayaは、『G線上のアリア』を奏で始めた。
バイオリンは、ストラディヴァリウスの一七〇〇年代初頭もの。
アントニオ=ストラディヴァリの油の乗っている時期だ。
Kouは、クッションのきいた緋色のソファーで空のグラスを回しながらひたった。
Ayaの指使いとボーイングが調べに華やかさを添える。
弓に与えた松脂がリズミカルにKouへと届く。
こんなに近くに二人が息づくのも久し振りだ。
「相変わらずだな、Aya」
KouはAyaを見つめた。
Ayaは、透き通った肌をよく隠す。
黒以外を身にまとわず、大抵はドレッシーだ。
瞳も吸い込まれそうな黒にして、髪はぬばたまの黒い海を広げたように長いが、編み込んで左右に結っている。
「艶っぽく物憂げでいて力強い。流した目元が際立っている。俺より少し若いのに……」
Kouがひたっているのは、調べではない。
可愛い仕事の相棒、Ayaにだ。
「Kouも相変わらずだわ。久し振りでも変わらないのね」
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