碧い瞳の少女

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 白い柴犬が、跳びはねるように軽やかなステップで地面を蹴って勢いよく駆け抜ける。  そのすぐ後ろ、飼い主なのだろう、必死に追いすがる少年の姿があった。 「ペス、ペス!止まりんさい!!」  声を張り上げ、少年が呼び掛けるものの、犬は止まる気配すらみせず、まるで飼い主との逃走劇を愉しむかのように電車道(舟入通り)を嬉しそうに走り、雑踏の中に吸い込まれて行く。 「ペス…駄目じゃろうが、人様に迷惑になるけぇ待ちんさい…」  次第に犬との差は広がり、少年の心臓は今まさに張り裂けんばかりに大きな脈動を繰り返す。 「あら良大(りょうた)ちゃん、そんとに慌てんさって、一体どうしたん?」 「あぁ、長谷川のおばさん?ペスが、ペスが逃げてしもうて…」  すでに良大は、それだけ返答するのがやっとのようだ。 「ほいじゃあ僕、急ぐけぇ…」  そう言い残し、良大は再びペスを追い続ける。 「ペス!警報があったら、どうするんね!?」  今は昭和二十年、日本は戦時下のただ中にあった。  良大が言うように、空襲警報が発令されれば、追い駆けっこどころの騒ぎではない。  遠ざかるペスは、やがて路地を右に折れて走り去る。
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