楽園

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 古代兵器の突き刺さる様な視線になど全く気付かず、彼は自身の住む小高い山へと歩を進めている。  すると、その横で彼が歩む速度と同じ位の速さでヒラヒラと舞う淡い瑠璃色の蝶が彼の右肩にとまった。 「…蝶か」  自身の右肩にとまり休んでいる、幻想的な色彩を誇る蝶を見詰ながら彼は呟いた。そして何かに気付いた様な表情をした後、その場に立ち止まり顎に手を当て何かを考え込む。 「蝶々か…。山に戻ったら試してみるとするか」  どうやら彼の中で新しい術のインスピレーションが沸いたらしい。いつも無表情な彼の顔に若干の笑顔が灯り、先程まで気だるそうに歩いていたのが嘘の様な軽やかなステップで山へと向かう。  しかし  自分の住む山のへと足を一歩踏み入れた瞬間、彼は普段と違う違和感を感じて歩みを止めた。そして眼を見開き全身の感覚を研ぎ澄ませ始めた。  ……侵入者。  居住としている山に「自分以外の誰か」が侵入している事に逸早く気付いた彼は、竹棒を左手に持ち素早く印を結べる様にと右手を構え、何かあったらすぐに反応出来る様にと周囲を警戒しながら歩く。 「会えて嬉しいよ。キミがこの楽園に住むただ1人の異形の者だよね?」  突如聞こえてきた地の底から這い出てきたかの様な、周囲に響き渡る恐ろしい声。そして全身が震え上がる程の強大な気。木々の間から聞こえ放たれていたその声と気は突如「上」から降り注いで来た。  上空から放たれる、今まで感じたことの無い強い気に押しつぶされそうになるのを必死で耐えながら空を見上げ一点を捕らえる。  眼に映ったのは青く澄み切った空に浮かぶ真っ黒なシルエット。  彼の額から溢れ出した一筋の汗が頬を伝い顎からこぼれ落ちた。
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