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「何だって!」
ガチャーンと物凄い音が店内に響いた。母の手伝いをしていた兄が、揃えたばかりのカトラリーセットをカウンターテーブルに乱暴に置いたからだ。
「あらあら、ごめんなさい」
兄に代わってお客様に謝る母の言葉に被せて、「お義母さん、どういうことですか?」と父も口を開いた。
二人が驚くのも無理はない。だから、『止めようよ』と言ったんだ。
「どうして俺より先にグランマが家出するんだよ?」
「……ったく。家出じゃないよ。大河は本当に日本語が不自由だね」
「お義母さんの言う通り。だから、大学に受からないんだ」
「父さん、俺の目指しているのは文学部じゃなくて医学部。理系だ!」
何だか微妙に論点がズレつつあるような気がするが……まぁ、いつものことだ。
「家を出るといっても、一ヶ月だけのお試しじゃないか。何を興奮しているんだい?」
ウエッジウッドのワイルドストロベリー、グランマのお気に入りのティーカップだ。その取っ手を優雅な手つきで持つと、グランマはアールグレイを上品に啜った。
コーヒーは微妙だが、母の淹れる紅茶は最高に美味しい。紅茶のマイスターとインストラクターの資格を持つほど紅茶好きだからだ。だが、父は何が何でもコーヒーを注文する。
「それで? 八重さんもご一緒かしら?」
父の前に点て立てたばかりのコーヒーを置きながら、母が呑気な声で訊いた。
母もマナの力を持つが、カフェ・ミコのお客様は正真正銘生身の人間ばかりだ。
カウンター席にずらりと並んだ身内の他、今夜は珍しく、六つある四人席も窓際の二人席の三つも埋まっていた。
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