私たちの日常

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つらの声が聞こえていないのかと円は思った。聴覚が普通より鋭敏すぎる自分にしか聞こえないよう、声量を調整してるだけなんだろうか。それとも単純に厄介ごとが嫌いな担任が聞こえないふりか、悪ふざけやじゃれ合いとして済ませようとしているだけなのか。そこまで考えて、円は考えることを諦めた。どちらにせよ、どうせ地獄だ。結果を変えられないことについて無駄に考察する暇があるなら、今日はどうやって同級生達の嫌がらせを避けながら下校するか、帰ってから自分を罵るしかしない母親を躱すかを考えた方が有益だ。ただでさえ、聴覚過敏があると普通の人より疲れやすいのだと、以前かかっていた病院の先生が教えてくれた。それなら少しでも結果を出せることに力を注いだ方がいい。この17年の人生で学んだことだ。 「先生、この公式2通り解き方ありますね。両方書きましょうか」 無表情で担任に聞くと、満足そうな笑みで頷かれた。この担任は、勉強の態度が積極的か、たとえ地毛でも頭が茶色くないか、ハンカチやティッシュをちゃんと持っているか、スカートを折ったりズボンを下げたりしていないかよく見ていて、それらを全て守っている生徒が好きだ。それだけ細かく見ているくせに、いじめだけは何故か見えないようだが。だけど、あと少しだけ経てば晴れて卒業を迎え、この監獄のような高校ともおさらばだ。それからのことは考えても仕方ない。今できるのは、少しでも先生の気にいる言動をし、できる限りの高評価を貰って、就職に有利な内申をもらうことだ。そして、無理やりにでも父親を説得してあの家を出て行くしかない。チョークを握る手に力が篭る。 ガアッシャアン! 突然、鼓膜から鉄の棒を突っ込まれて脳を直接ぶっ叩かれたような衝撃が走った。脊髄反射のレベルで、円は両手で耳を塞ぎ蹲る。びっくりした拍子に、黒板のへりに置かれていたチョーク入れに手が当たってしまい、しゃがんだ頭上に降ってくる。いつも嫌がらせしてくる同級生の1人が、故意に缶ペンケースを机から落としたのだ、と気づいた時には、円の頭はチョークの粉で白、赤、黄色に染まっていた。同級生の爆笑が耳障りに響いた。
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