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「おかしいな」
デューイが言った。
玄関の呼び鈴を鳴らしての言葉、である。実は、タクシーを降りた時にも、同じ言葉を呟いたのだが、それは、街を見下ろす舜の言葉に、掻き消されてしまっていたのだ。その時は、門についているインターホンを押しても、何の応答もなかったための、呟きであった。
そして、今は、玄関の呼び鈴――。
中からの応答は、一切、ない。
仕方がないので、デューイは、自分の鍵を使って、ドアを開いた。
明かりは、煌々と、灯っている。
それでも、異様に静かであった。
考えられることは、といえば、久しぶりのデューイの帰国に、家族がデューイを驚かせよう、と奥の部屋で息をひそめている、ということである。
しかし、それなら、明かりが消えているのが普通で、明かりが点いた途端、目の前にはでっかいケーキがあって、クラッカーの弾ける音がする、というのが基本である。
それに――。
「人がいるとは思えないな」
舜が言った。
そう――。家の中に、人の気配は、全くない、のだ。
舜の『一族』は――つまり、デューイの仲間入りした『一族』は、普通の人間より、ずっと優れた能力を持ち、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚……その五感はもちろん、第六感にも優れている。
人がいれば、その気配はすぐに判るはずなのだ。
しかし、今は、それが、ない。危険がある、とは感じられないが、それでも、奇妙なことは、確かであった。
二人は取り敢えず、右手にある豪華なリビングへと足を向けた。いつもなら、一家団欒の場所となっている一室である。
「今日着く、って、ちゃんと手紙に書いといたんだろ?」
誰もいない部屋を見渡して、舜は訊いた。
広い部屋には、猫の仔一匹、いはしない。
「ああ……」
デューイは不安そうである。
わざわざ屋敷中を探し歩かなくても、人がいないことは判っているのだ。家族はもちろん、使用人の一人さえ。
革張りの豪華なソファの横を回ると、血塗れの死体が――あることもなく、ただ静けさだけが、蔓延っている。
「あ、何かあるぜ」
ソファの前のテーブルに置かれた一枚の白い紙を見て、舜は言った。
何か、文字が書いてある。
「んー、こりゃ、遺書だな。ほら、一家心中の」
そんな心ない舜の言葉に、デューイはもう真っ蒼になっている。
『夜の一族』の仲間入りをしたのだから、舜と同じに、もともと顔色は悪いのだが。
急いでその白い紙を拾い上げ、インクの文字を、追い始める。
《愛しい息子、デューイへ》
便箋は、その文句から、始まっていた。
やはり、今日着く、という手紙は、ちゃんと家族の元に届いていたのだ。それでいて、家族の姿は、どこにも、ない。
デューイは、先を読むのが怖いような思いで――それでも、舜に読んでもらうと、もっと怖いことを言われそうなので、意を決するように、自分でその先を読み始めた。
《愛しい息子、デューイへ》
いや、ここはもう読んだ。
《パパも、ママも、おばあちゃまも、ジョイも、シルヴィアも、今、フィンランドにいます》
「フィンランド……?」
デューイは、その文面を読んで、困惑した。
まさか、フィンランドで一家心中、ということもないだろうが。
《ごめんなさいね》
いきなり、謝られると、ドキ、っとする。
《あなたからの手紙は届いたのだけれど、連絡先も何も書いてなかったから、あなたに知らせることが出来なかったの》
まあ、そう言われると、デューイも、言いようがない。
しかし、あの山奥の住所など、手紙に書けるはずもないではないか。
人里慣れた秘境の地で、辺りには、数十の奇峰が不気味に聳え、神秘的な雲海の中に埋もれる奇峰の最高峰に――人も通わぬ辺境の地に、隠れるようにして暮らしているのだから。
そもそも、あんなところに住所があるのかどうか。それすらも、定かでは、ない。もし住所があったとしても、それを手紙に書いて届くかどうか――普通の人間が出入り出来るような場所ではないのだ。電話などもちろんなく、毎月出している手紙も、月に一度、黄帝が街まで行ったついでに、出して来てくれているものである。
手紙はまだ、続いていた。
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