二夜 蜃の楼

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二夜 蜃の楼

 ここも本当に人の地なのであろうか。  奇岩、怪峰、深淵……幽境の岩々は暗い陰に覆われ、樹齢千年を軽く越える古木は、岩の如き堅さで聳えている。遠くから見れば、いくつもの切り立った石刻は、悪魔の棲む連山のように、異様な光景として映ったかも知れない。  ここは、中国山東(シャントン)省の山の一つ、之罘山(ふざん)烟台(えんだい))の山中であった。――いや、そのはずである。  どこを見渡しても岩が切り立ち、暗い樹木が生い茂っているため、その辺りは定かではない。  俗に言う、水墨画の世界である。 「あー、気持ち良い。やっぱ、こういうところに来ると落ち着くよナ。ここまで来る交通(あし)が不便だけど」  普通の人々が、降り注ぐ陽差しを浴びる時と同じ口調で、この薄気味悪い山の中、舜は大きく息を吸い込んだ。  こんな気が滅入ってしまいそうな山奥の、そのまた奥で、そんな台詞が吐けてしまうのだから、この少年、ただ者ではない。  まだ十六、七歳であろうか。この幽境に相応しい、神秘的な人外の麗容を備えている。     
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