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自他共に優秀であると認める精神科医、精神分析学者としてUSAで暮らしていたのだが、今はこうして日本へ戻り、開業する訳でもなく、精神病患者を専門に扱う精神病院に勤めるでもなく、この総合病院の一棟で雇われ医者として患者を診ている。もちろん、個人の研究も続けさせてもらい、多少の厚遇も受けているのだが、春名の実績からすれば、もったいない、としか言えないポジションだっただろう。
その春名が今、患者に問いかけた名前、『折原ことり』は、以前にその患者が口にした『母親の分身』のことである。
「そうかも知れません。それで、お父さんはどんな人かな、と思って探していたら、同じ電車にお父さんらしい人が乗って来て、『君の父親だよ』と、ぼくに合図を送ってくれたんです」
「その人はどんな感じの人だった?」
「立派な人です。この病院にもいました」
「ここに? 見間違いだろう?」
「変装していましたが、ぼくにはすぐに判ったんです」
「――テレビに自分の姿が映ったりすることはある?」
「あ、それはよくあります。いつも誰かに見られているので。電車に乗っている時もそうでした」
「それはどんな人?」
「芸術家のような人で、精神病者だと思いました」
「どうして?」
「音楽が好きだからだと思います」
「音楽が好きだと精神病者?」
「別の次元にいるぼくの分身は、芸術家と精神病者は同じなんです」
「それは、君の分身が音楽が好きだということ?」
「自分を見失うということです」
「見失う?」
「そういう時は、自分は自分ではなくて、存在しなくなるんです」
「自分? 今の君?」
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