Karte.1 自己愛の可不可-水鏡

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『ここから出してください。ぼくはここにいたくありません……』  ――いたくありません……。  世の人々は、彼らに可ではなく、不可というレッテルを貼り、まるで(カフカ)を見るように、厭な顔をする……。 「灰が落ちますよ」  医局も兼ねるソファを置いた一室で、コーヒーを手に入って来た少年が、考え込む春名の前にカップを置いた。  まだ十七、八歳の少年である。が、小姑のように――いや、こんな言い方をしては、また彼に怒られる。――彼は優秀な秘書として、春名の仕事の手助け、プラス、世話を焼いてくれる、とても貴重な存在なのだから。  今日も慣れたことのように灰皿を差し出し、心配そうな顔で春名の面を覗き込む。  サラサラとした髪が瞳にかかり、あどけなさを留める整った顔立ちが垣間見えた。  色の薄い唇が、まだ何かを言いたげに開きかける――が、 「ん、ああ」  春名は煙草の灰を、トン、と弾き、コーヒーカップを持ち上げた。 「どうかしたのか?」  と、人を憐れむような眼差しで立っている少年に、問いかける。  少年――彼のことは、春名も『(レン)くん』とだけ呼んでいる。 「あの患者……どうなんですか?」  不安げに――いや、何か言いたげに、と言った方がいいか――仁は訊いた。 「どう、とは?」 「いえ……」 「患者ではなく、俺か?」 「……」 「そんな顔をしなくても大丈夫だ」  彼――(レン)が何を言おうとしているのかは、春名にもよく解っている。 「でも……」 「以前の俺ではないさ」 「……」 「患者の思考内容に於いては、個人の個別性の原理と同一性の原理が徹底的に崩壊。世界の単一性を否定することによる合理化――。今は落ち着いている」  と、煙草の煙を一つ、吐き出す。 「でも――。無意識を探るような精神療法(サイコ・セラピー)には激しい抵抗を示しているんでしょう? 自殺念慮も高まって、治療を中止するほど――。だから保護室に……」 「死にたいと思っている患者は、彼だけじゃないさ」 「……」 「心配するな」  春名はもう一度笑って、煙草を消した。
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