その先を書いてはいけない・・・

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(何を埋めてるの?) 「死骸だよ、死骸。誰にも言うんじゃねえぞ」  富川さんが物凄い形相でおれを睨んでいる。  子供の頃の記憶と現実の光景が交錯した。  富川さんの節くれだった指が、おれの肩をがっしりとつかんだ。  好奇心に駆られたおれは話しかけてしまった。まずいものを見られたと思った富川さんは、おれを引き留めたのだ。 「いいか、ようく、見やがれ。こいつは樹神様(こだまさま)の死骸だ。クヌギやコナラに棲みついてる妖精みてえなもんだ。普段は悪さはしねえが、悪戯好きでよ、祟ったりするから気をつけねえといけねえんだ。特に、樹神様を見たなんて、人に言ったりしたら病気になって死んだり、交通事故に遭って脳みそが腐ってしまうんだからな」 「樹神様も死ぬの?」 「伐採されたらな」 「ばっさいってなあに」 「木を切ることだよ。こうやってな!」  鋸で幹を切る真似をした。 「ぼくはそんなことしないよ」 「そうか。だけど樹神様のことは絶対に言っちゃならねえ。一生だ。心の奥にしまっておけ。こいつは、わしとの約束ではなくて、樹神様との約束だからな」 「うん、わかったから、ぼくはもう行くよ。きょうのことは、誰にも喋らない」 「おう。あとで坊主の家に、玉子とトマトを届けてやるからな。おっかさんによろしくな」  富川さんは手を振った。  おれの意識は木の上に戻った。  また一服しながら、水筒の水をぐびぐび飲んでいる。  彼の独り言が聞こえた。  <こだまさま>の死骸だなんて、我ながら上手い嘘を考えたもんだぜ。  人間をバラバラにしたやつを焼き焦がしたなんて、口が裂けても言えねえわ。ひひひ。  薄気味悪く笑った。  げ! マジかよ!  おれは唸った。  富川さんに聞こえたのだろうか。  彼は顔を上げた。 「気に入らねえクヌギの木だな。まるで生きてやがるみてえだ。いっそのこと、ぶった切ってやるか。どうせ、ここいらは三年後には宅地開発されることになってるし」  彼はゴム長を穿いた足で、幹を蹴飛ばした。  どん、どん。  震動が伝わって、梢がわさわさと揺れた。細長い葉が舞い、まだ熟していない緑色のドングリがぽとぽと落ちた。  どこに隠し持っていたのか、富川さんは鋸を用意していた。  鋭いギザギザで幹を切りだした。  切り口から樹液があふれ、肌色の木屑が飛び散った。  ガリガリ、ガリガリ・・・ 「細かくしてマキにするか」
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