その先を書いてはいけない・・・

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 そいつは、おれがホラーを書き始めると、どからともなく必ず現れる。姿はなく、そこに何かいる・・・、だから正体不明。人々は幽霊と呼ぶかもしれないが、おれはそいつが幽霊ではなくて、もっと違う存在なのではないかと考えている。 (その先は書いてはいけない・・・)  そいつの性別はわからない。エディタに向かって執筆していると、肩越しに語りかけてくる。そして、おれが書いた原稿を検閲するかのようにじっくり眺めている気配がするのだ。   (その先は書いてはいけない・・・)  ふっと、気配を残す。  きっと、とびきり怖いホラーが書けないのは、そいつのせいなのだろう。  おれには思い当たるが事があった。  だが、あれはおれがうんと幼い頃の話だ。  あの時の経験を題材にすれば、もっと恐ろしい事が書けるはずなのだが。  いや、本当は書きたい。それを阻むのが、あれとの約束。  おれとしては、あんな約束など単なる子供騙しだと思っている。約束を反故にするとどうなるのか、好奇心を刺激する。 「おれはその先を書くぞ。何十年も前の事なんか、そろそろ終わりにしていいだろ?」  目に見えない相手に向かって言ってやった。  返事はなかった。  おれは決心した。もう一度、あの場所に行ってみよう。  椅子から立ち上がり、本棚の奥から一冊のアルバムをとりだした。    <小学生時代1年生~3年生>  背表紙に黒ペンで手書きされている。  分厚いページをめくると、思い出が万華鏡のように飛び出してきた。  写生会、運動会、学芸会、遠足、教室内での戯れ。  クラスメートばかりではない。家族旅行の写真もある。  その中の一枚をアルバムから抜いた。  鬱蒼とした雑木林を背景に、白いランニングシャツと空色の半ズボン、麦わら帽をかぶり、虫とり網を肩に担いだおれが写っていた。照れくさそうに笑っている。  近所の農家のおじさんが撮ってくれたものだ。  名前は・・・  そうだ、たしか富川さん。  おれが住んでいた場所は新興住宅地の一画。当時は周囲に田んぼや畑が散在し、茅葺屋根の農家もたくさんあった。朝穫りされたトマトやナスが軒下で直接買えた時代である。  懇意にしていたのが富川さんだった。小さな養鶏場もあって、規格外の玉子をよくもらったものだ。  
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