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食事が終わったら、支度をして出発するつもりだった。
だが、食後、休憩のつもりで横になったらそのまま寝てしまったらしい。
そのあいだに室温がぐんぐん上がって、暑さと汗で目が覚めた。
そこは木々に囲まれた森の中だった。
驟雨のあとのように梢はしっとりと濡れて、銀色の水玉をぽとぽと滑らせている。ほんのりと湿った土の匂いが漂った。
空は淡い茜色、ちぎれ雲がオレンジと黄色に染まっていた。
風にゆれる枝がさわさわと鳴った。
どこからかヒグラシセミの淋しい声が響いてくる。
さわやかな夕風が頬を撫ぜた。
夢にしては、五感が温度や風、匂い、音を拾いすぎる。
その風景に既視感があった。
おれは心の中で叫んだ。
子供の頃、友だちといっしょに遊んだ雑木林だ!
ぽちょん。
梢の雫がおれの背中に落ちた。
冷たい。夢なのか。夢だな。夢に違いない。
覚醒しきれていない自分が、まだ、まどろみを彷徨っているのだと思った。
おれは起き上がり、全てを払拭しようとした。
テーブルの水は温くなっているだろうが咽喉を潤そう。
手を伸ばし・・・?
手を伸ばし・・・ん?
おれは愕然とした。手が動かない。
あせって体を動かすと、頭上の枝葉がわさわさと揺れ、雫がたくさん落ちてきた。
そしてもう一つの事実に気がついた。
足も動かない。
きっと寝たきり状態になり、全身が麻痺したのだ。
どうしてこんな事に?
家人を呼ぼう。
助けを求めるんだ!
(おーい! 誰か!)
妻と息子を呼んだが、声が出なかった。
ただ眼球だけはするすると動かすことができた。
ここは森の中だ。森の中なら家族がいないのもわかる・・・いや、そんなことで納得してる場合じゃない。
目線だけで森の奥を追った。
薄紫色のとばりが煙のように忍び寄っていた。
森が暮れるのは早い。真夏の残照は市街地では明るく長いが、森の奥は短時間で薄闇に包まれる。
おれの体に、コナラのずんぐりした葉っぱが風にあおられてぶつかった。
ヒグラシセミの啼き声も聞こえなくなった。
枝葉のこすれる音だけである。
おれはどうすることもできず、茫然としていた。
人の気配がした。雑木林の叢をかき分けて、のそりのそりと歩いてくる男がいた。野良着をまとい、肩に大型のスコップを担いでいる。
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