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(わあ、よせって! そんなことしないで、助けてくれよ)
怒鳴ったが耳に届くはずもない。
富川さんはギコギコと鋸を挽き続ける。
「こりゃ、いい薪になるしシイタケの原木にしてもいいな・・・。あの小枝なんざ、斧でぶった切るか」
物騒なことを言いながら見上げた。
(富川さん、おれだよ!)
「ん?どうも気にいらねえなあ。このクヌギ野郎、おれのことをガンつけていやがるのか?」
男は鋸のスピードを速めた。
直径30センチはある幹だが、農夫としての力とスキルで、またたくまに伐採してしまった。
周りの木々に接触しながら、ゆっくりと倒れていった。
どううん
地響きと同時に枝葉がひしゃげ、湿った土にめりこんだ。
「ふん、ざまあ見やがれ!」
たかが雑木相手に大人気ないセリフだ。おれは呆れてしまった。
富川さんは、今度は、鉈で大枝や小枝を切り落とし始めた。
「これで、クヌギやコナラをやったのは10本目だな」またぶつぶつと呟いている。「薪にして人間と一緒に燃やすと、いい肥料になるんだわ、こいつが」
炭化した木とバラバラにされた遺体を一緒に埋めてしまう。富川さんは異常犯罪者ということか。
それを樹神様の死骸などと、ぬけぬけと・・・
そういえば。おれが子供の頃聞いた伝説。
森の奥の森には呪われている区域があるそうだ。大昔、そこには刑場があって、その遺体が埋められた。だから、なんぴともそこに踏み入れてはいけないと。ゆうべ見た白い煙と関係があるのだろうか。
富川さんはそこへ行き、遺骨を掘り起こした?
何のために?
「ほれよ、覚悟しな!・・・むん!」
おれに向かって勢いよく鉈を振り下ろした。
ぐへ! ばきっ!
脳天に重く鈍い衝撃が走った。
その途端、目の前が真っ白になった。濃い霧がたちこめ、何も見えない。ふわふわとした煙霧が渦を巻き、上昇し、竜の舞のように中空を高く低く、そして強風にあおられる積雲のように飛び散った。
血の凍るような悲鳴が聞こえた。
濃霧の切れ目に、黄色スズメバチの大群に襲われた富川さんの姿が見えた。
木が倒れた際に、どこかにあったスズメバチの巣を壊したに違いなかった。普段はクヌギの樹液を食しに飛来するだけだが、茂みの中に巣だってあるのだ。
富川さんの全身が黄色と黒に覆われてしまった。
おれには何もできなかった。
断末魔の絶叫がいつまでも続いた。
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