△4九車兵(しゃへい)

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 いや、一匹、仕留めそこなった。ひときわ大きい「角」。5m弱はありそうな図体の「小駒」より、さらにひとふた回りの威容を誇るそいつに対しては、弱点である「こめかみ」に、僕の一閃がほんの少し到達しなかったようだ。ブルブルと気持ちの悪い震えをその五角の馬鹿でかい体に伝導させながらも、こちらに向かって、伸縮する鉄骨を束ねたような腕を繰り出してくる。  この詰めの甘さ……後でミロカさんからはねちねちと、ナヤさんからは直情的に、そして沖島(オキシマ)からは冷静に叱咤されるよね……と、あの「説教部屋」のコンクリの固さ冷たさを思い出してマスクの下で真顔になってしまった僕の背後から、黄色の躍動物体が。 「詰めがぁぁぁぁぁッ、甘いぞァァ鵜飼(ウガイ)ィィィィィッ!!」  素っ頓狂な胴間声が、その目に追えない動きの後から追いかけてきた。イエロー猛豹ナヤ氏は、歪な盤面を物ともせず、一呼吸の間に三マスくらいを体重を感じさせないほどのしなやかな体さばきで抜けると、小さめのジャンプを繰り返す壁蹴りで、「角」の二階建てくらいの高さのボディの壁を瞬時に駆け登っている。  「角」は、伸ばしきってしまっていた自らの両腕を再び縮ませつつ、自分の身体に張り付くナヤさんを捕らえようとしてくるが。 「こっちはよォォォッ、取った駒を再利用するとかいう、画期的な要素はねえんだ。とっとと盤上からぁぁぁ、消え失せなァァァァッ!!」  「角頭」。ディスイズフェイマスウィークポイント。イエロー猛豹のマスクの「顎」の部分と、胸の上部―鎖骨と鎖骨の間辺りには、黒い金属質のギザギザの突起が並ぶパーツが付随しており、それはどう見ても猛獣の牙であるわけで、比喩的に表現した僕のエルボー技とは、大分趣きや即物感が段違いに恐ろしく異なるのであった。 「ウガアアアアアァァァッ!!」  もうメンタルも猛豹なんじゃね? と、その「黒い牙」を剥いて「角頭」に喰らい付いて貪り食っていっている、その覚醒したのか退行したのか、判別できない野獣感が増した黄色い後ろ姿に、僕は動物的な本能を揺さぶられ、恐怖で少し立ちすくんでしまう。
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