△5六飛将(ひしょう)

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「冗談ですよね? 普段から『将棋星人』『将棋の星から来た異邦人』なんて畏怖と揶揄を込めて言われているから、その意匠返し……みた……いな」  沖島(オキシマ)が珍しく強い口調でそう言うが、徐々に尻すぼみになってしまっている。何だろう、皆、この優男に格別の畏怖を抱いているようだが。何か僕ひとりだけ取り残されているような気がして、不安になってきた。 「ははは。的を射ていたというわけさ。そいつも」  あくまで自分のペースを乱さないこの人物に、僕はそろそろ苛立ちを感じ始めている。僕を差し置き、この場を進めること相成らん! 「お前はッ!! いったい何者だッ!!」  最大限に張った腹からの大音声で誰何した僕。よし決まった。ここでイニシアチブを取り返し、いい流れのまま、この人物と対決するんだ!  しかし、 「も、モリくん? モリくんモリくんモリくん?」 「え? ……えーと、え? いや、ええ? そこ?」 「知らへんこと……まさか、とかじゃあ、さすがに……えー、冗談には冗談で返すっていうあれ……あるのかわからへんけど、それなんよな?」 「いやでも……と金って、ほらアレだし……」 「……」  僕以外の面子が固まってしまった。え?  「……面白いねキミ。どうせこう名乗るのもこれで最後になるだろうし。改めて自己紹介しておこう。『先女郷(サキオナゴウ) (ジュン)』。将棋棋士さ」  ………………あ、ああー、そうそうそうでした。「九冠」を全て保持する将棋界の第一人者。知ってる知ってる知ってた! いくら僕がアレでもちゃんと途中からはピンと来てましたよ? ええーええー。でもね、あのー眼鏡のフレームがね? 知ってたのと違うかったから、ほら、ね? そういうことってよくあるよね? 「……いや、その……何でその貴方ほどのヒトがですね? ここにいて僕らと対峙しているのか、みたいなことを問いたくてですね、『何者か』みたいな発言になってしまったわけですよ、はは」  僕の言い訳が、中空を摩擦力ゼロで虚しく滑り去っていく。「……非国民?」「売国奴?」みたいな仲間の囁きを背に、局面打開のための妙手を、この時点で振り絞らなくてはならなくなっている自分を自覚し、全身を覆うスーツの中にじんわり嫌な汗が滲んでくる。
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