△1六角

2/3

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/222ページ
「では、我々のアジトに招待しよう。その変身状態は……まあそのままでも構わんが、道行く人を驚かせてもあれだ。バックルのボタンを長押しすれば解除される。やってみたまえ」  「アジト」とか、いちいち僕の琴線を揺さぶる言葉を放ってくる老人だが、加入する旨を明言した途端、あからさまに機嫌が良くなったようだ。言われるがままに「解除」を行うと、僕の体を包んでいた「武装スーツ」は、元の黒い五角形に瞬時に戻っていった。  スーツの時は20kgあるとか言っていたけど、駒になると1kgも無さそうな感じだ。片手で軽く放り上げられるくらい。この「科学力」はまったくもって未知だが、もうそこは突っ込まないと決めた。 「君は、今までどうやって体を鍛えていたんだね? 私のような、分かる人間から見たら、相当やり込んでいるのは一見だが」  老人は気持ち悪いほどの笑みを皺だらけの褐色顔に浮かべると、そう振り返りつつ聞いてくる。思わずその古いお化け屋敷的な、驚かせに来てるのか? と思わせる仕草に一瞬固まってしまうものの、 「……基本、何かに遅刻しそうな自分を演出しますね。家から駅まで1キロくらいなんですが、そこは毎朝全速力で。時にはカモフラージュのための食パンを咥えながら。……昼は好きでもない焼きそばパンをダッシュで買いに行き、放課後は教室で対局の検討をしている奴らの側に行って、誰にもばれないように空気イスで過ごし、将棋教室に遅れそうになる時間までやり過ごしてから、そこからまた遅れる遅れると叫びながら走って向かいます」  僕は日々の苦心をこの人なら分かってくれるだろうと力を込めて打ち明けるものの、老人は、ああー君は将棋以外もだいぶ残念なんだねー、と真顔で流されただけだった。やはり、他人には理解されないのだろう。それはもう分かっていることだったから、僕も流した。  御苑を南方向へ抜けて、千駄ヶ谷のガード下をくぐると、いきなり空が開けたように感じられる。穏やかないい天気だ。緑も青に映えて清々しい。  だけど僕の気持ちは何だろう、テンションを上げていいのか、絞って進行した方がいいのか、自分でも判別できない気分に陥っている。
/222ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加