△7六行鳥(ぎょうちょう)

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 六畳間くらいの空間の壁は、五角形の黒い駒たちが敷き詰められるかのようにして成り立っている。そして、先女郷(サキオナゴウ)の目線は、ちょうど僕の胸あたりに注がれている。  ……いいね。「着座」したらちょうどじゃあないか?  感情は、僕の感情らしきものは、もう何も無かった。上滑る電気信号のようなものが、機械的に僕の神経細胞内を流れていくだけだ。  こいつを、こいつらを? 根絶するためにはどうしたらいい?  その事だけを整然と考えて組み立てる、借りてきたような脳が演算しているのを、別の視点から見ていた。 <……キミひとりかい? 随分、様子は変わったようだが>  僕らの目の前に初めて現れた時の、羽織袴の姿で、先女郷は佇んでいた。腰から下は化物に飲み込まれているが、何故か背筋を伸ばした正座姿勢でこちらに向かっているように見えた。声も口調も、以前の人間らしさを取り戻しているようだ。心ある人間が喋っているようには聞こえないけれど。  静寂。遠くの方で何か雨音のようなものが聞こえるだけ。みんなはどうしているだろうか。……ミロカさんは。どうしているだろうか。 <……詰めろをかけました、というような顔をしているな>  観念したかのような、いやそれともただこちらを小馬鹿にしたいだけなのか、よく分からない先女郷の言葉に、わざと反応してみる。 「……このままお前の首を刈り飛ばすことが『詰み』ならば、そうなのかもな」  実際、そう出来る「力」が、この「獅子」には備わっているわけだが。  ……だが、それでは終局にはならないはず。この化物以上に化物の先女郷は、たぶん首を飛ばされたくらいじゃあ、もう死ななくなっているのだろう。  そんな事を知覚できた。事象やら感情やら、何もかもが素通しのように、今の僕には伝わってくるようでいて。
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